猫が死んでもう10年。その間、私は何をしてきたのか。

犬の病気

田舎の家の庭には愛猫が埋められている【猫が死んだ朝】

年賀状なんて面倒以外の何物でもない・・・・・・と思っていた。特に私の職場は年末に売り上げが集中する。

年末の忙しい時期に、年賀状を書かなければならないなんて、本当に大変なのだ。

それでもお正月になってしまえば、古い友だちの年賀状を楽しく見てしまう。

小学校時代の同級生なんて、年賀状だけのやり取りしかないから貴重だ。

面倒くさいと文句を言いつつ、年賀状とは生涯付き合うのだろう。

私の年賀状は郵便局で売っている東京都のイラスト入りの年賀葉書に、年賀状専用ソフトに入力してある住所を印刷して、一言ずつコメントを入れるだけのシンプルなもの。

デザインを工夫したり、お年玉付き年賀切手を貼ったりしたが、一番時間が掛からず、考えずにできる今のスタイルに固定している。

来年は寅年、12年前に自分が出した年賀状を取り出してみて、号泣してしまった。大好きだった猫をトラっぽくデザインした年賀状だった。

12年前はまだ生きていた大好きなあの子。

猫を見るたびに「うちの子の方が可愛い」なんて思い出していたのに、今ではすっかり忘れている。あの子を見送った後は猫を飼わないと決めているので、猫は縁遠い存在になってしまった。

それでも、テレビでうちの子に似た子が登場すれば胸がズキズキするし、服や小物は猫がデザインされたものを好んで買っている。

猫と暮らしたあの15年は私の人生で一番幸せな時だったような気がする。

猫が死んでもう10年も経つ。その間、私は何をしてきたのだろう。猫がいない毎日は張り合いのない、結び目のない糸を手繰るような味気なさに満ちていた気がする。

年賀状の猫を見ていたら、とてつもなく猫のことが恋しくなって、しまってあった首輪や猫爪を取り出している。紙焼きの写真を床にばらまいて、一枚ずつ愛でながら、後から後から涙がこぼれた。

大好きだったうちの子。死んで10年経っても、忘れられないあの可愛い仕草、声、被毛の肌触り、美しい瞳に、もう一度会いたい。地獄に落ちても良いから、猫に会いたい。死んで猫に会えるのなら、今すぐ死んでも良いぐらい、あの子に会いたくてたまらなくなってしまった。

年賀状なんて出してみなければよかったのに。

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

Source: ペット病気

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